「じゃ、腹式呼吸の訓練を行います。息を吐いて。フ、フゥー」
「フ、フゥー」
「ス、スゥー」
「ス、スゥー」
「シ、シィー」
「シ、シィー」
お腹に手を当て、お腹を凹ますよう意識して息を吐く。
先生は片手で机を叩いてリズムを刻んでいる。
1分ほどやって、1分休憩するのを7−8セットやる。
やってる間は良いが、休憩している時の間が持たない。
沈黙にどちらもぎこちない思いをするのだ。
こちらは患者だから気を遣うこともあるまいと黙っている。
「じゃ。この間に次回の予約を入れてしまいましょうか」
「来週ねぇ、ちょっとお休み頂いちゃったんですよ、朝一番でなくても良ければ、この日なんかどうですか?」
「じゃ、続けましょう。今度は2回目で大きく吐いて、リズム良く。シ、シィー」
息を吐く時の音は「フ」「ス」「シ」に限られている。
しかし、どうも規則性はなく、ワタシは彼女が次にどの音を選ぶか少し緊張気味にいる。
「フ、フゥー。息を吐く時はポカンと口を開けて。そぅ」
「シ、シィー」
「シ、シィー」
訓練中、ワタシは視界の端に先生を意識しつつ、部屋の一点を見つめ呆然と息を吐き、お得意さんでもあり飲み仲間でもある友だちのことを考えている。
彼は、友人と2人で夜中まで飲んで、ベロベロで店を出て、赤信号も構わずタクシーを止めようとして、タクシーはねられた。
目撃者の話では7mぐらい飛ばされたという。連れの友人も鼻と耳から血を流して別の救急車で運ばれたらしいと。
事実関係は微妙に違うようだが、それでも彼は一命を取りとめた。
ただ、両足を骨折し、座骨にも大きなダメージを受けた。
お茶の水にある大きな大学病院に入院してもう一ヶ月以上なる。
世の中は狭いというか、縁というか。
その病院は、ワタシが膝を悪くしてリハビリに通い詰めたその病院で、期せずして彼のリハビリ担当はワタシがリハビリを受けたその同じ先生なのだ。
メガネをかけた若い女の先生で、鼻にかかった声で話す。
今のボイストレーニングの先生とどこか雰囲気が似ている。
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